富山県高岡で代々銀細工職人として営む

明治~昭和
能 要次郎
弟子の錺職人 数人を伴い 金沢市野町へ移転
仏壇金具の製造(手打と独自の機械による量産)
一方で能 集粋堂の店名で工芸品を扱う店を営む
大正12年(1923年)
関東大震災後、造幣局の彫刻師 山田氏が疎開で金沢へ
金型の彫刻師として入る
大正14年(1925年)
パリ万国装飾美術工芸博覧会出品(鉄器,銅器)
大正15年(1926年)
米国独立150年記念万国博覧会
(ペンシルバニア州フィラデルフィア)にて
日本金工連合会(86名)の一人として参加

大正~昭和
能 與三次郎
要次郎の後
能 要次郎商店
として後継
錺職人(沢川氏 山本氏 今村氏等)を抱え自らも手打ち金具の制作をする
戦後混乱の社会で苦労
仏壇以外のタンスの金具等を色々手掛けた 
芸達者で交際家だった

昭和
能 正治
農家の次男に生まれる
旋盤工として津田米(津田駒工業の前身)で働く
出征を終えて戦後 養子に入り後継者となる
蒸気機関車の駆動部の整備工として国鉄に勤務しながら
家業の錺職人を兼業していた
徐々に忙しくなり国鉄を退職 家業に専念する
アイデアがあり努力家 
機械の設計力があり自家製の機械を数々制作した
図案を書いたり難削材のダイス鋼金型に直接彫刻する技術
手打ち金具や鏨の制作技術にも秀でていた
1969年9月  会社設立 有限会社 能 正治商店
現在地 金沢市増泉に移転

昭和~平成
能 要二
1982年富大工学部卒 
1983年入社
新たな設備の導入(金型製作、プレス加工 )、
各種メッキを始めた
2011年2月 金沢仏壇 金具部門 伝統工芸士認定
2011年11月 代表取締役社長 就任

金沢デジタル工芸展 能要二 https://kanazawa-dkogei.com/artist/764/?mode=cat